K町のL病院が壊されていく。長年そこにあった皆に馴染みの病院だ。
六階建てのビルは、腹から壊されていく。屋上、病室、診察室、待合室。ショベルカーは鋭い音をたて脇腹をえぐり、陽に晒す。一緒にいた千絵さんが「ほら、あそこよ。三階の三〇一号室。私の父が入院していた部屋よ」と指す。わずかな床を残した病室。私は背伸びして見る。舗道からの照り返しが強く汗ばむ。千絵さんは日傘をくるくる回しながら「いずれ全部無くなるのね」と言う。
見上げていると土埃の中にキラキラと光る物が混じっている。飛んでいる。
「あれ、何かしら光っているでしょ」と私が首を傾げる。「あら、何かしら」。千絵さんも首を伸ばして見る。「ここで治療したり、その甲斐もなく亡くなっていった人達の思いの欠片かしら?」と私。「そうね。感謝の欠片。ほらあそこ」。千絵さんの指さす先には、天の川のような光りの帯が見える。
母の急性白血病を治療してもらった病室はまだ壊されていない。高齢であったので二階の病室で母は逝った。部屋が壊される時にはキラキラした光りの欠片が高く舞うだろう。
通りがかりの人が「L病院は新しく建て替わるのよ。今までどおりだから安心よ」と言った。