私は出掛けた、手をポケットに突つ込んで。
半外套(がいとう)は申し分なし。
私は歩いた、夜天の下を、ミューズよ、私は忠僕でした。
さても私の夢みた愛の、なんと壮観だつたこと!
独特の、わがズボンには穴が開(あ)いてた。
小さな夢想家・わたくしは、道中韻(いん)をば捻(ひね)つてた。
わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々は、
やさしくささやきささめいてゐた。
そのささやきを路傍(みちばた)に、腰を下ろして聴いてゐた
あゝかの九月の宵々よ、酒かとばかり
額には、露の滴(しづく)を感じてた。
幻想的な物影の、中で韻をば踏んでゐた、
擦り剝(む)けた、私の靴のゴム紐(ひも)を、足を胸まで突き上げて、
竪琴(たてごと)みたいに弾きながら。
【ひとことコラム】「韻を捻る」「韻を踏む」というのは詩を作ること。日常を離れた放浪生活の中で、芸術に身を捧げる自身の姿を描いています。ズボンに開いた穴や靴紐を竪琴の弦に見立ててかき鳴らすという描写には、ヒロイックな気分にひたる自分をからかうような調子も見えています。
中原中也記念館館長 中原 豊