使い古されたグローブとボール。
前原冬樹(1962年生まれ)はこれをフリーマーケットで見つけて思わず買ってしまったようだ。
いや、「これ」を見つけたというのは正確ではない。見つけたのは「これ」ではなく、見つけたそれを写したものが「これ」である。
もちろん、前原の写し方は驚異の「一木造り」。適度なサイズの角材から寸分たがわず彫りだす。
この作品を眺めていたら、150年ほど前の油絵草創期に描かれた《豆腐と油揚げ》という絵を思い出した。西欧絵画の「迫真的」な描写力に驚嘆した画家・高橋由一が、モノの「凸凹遠近深浅の形状」を写しだすことに憑かれて描いた渾身の豆腐と油揚げ! 各々の質感を執拗に再現した名作である。
150年後の前原もまた同じく、「凸凹遠近深浅の形状」を彫りだす。質感 のみならず、モノに刻み込まれていた時間までをも。
※『超絶技巧、未来へ!明治工芸とそのDNA』展示作品より
山口県立美術館 河野 通孝