宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて
汽車の汽笛の音(ね)を聞いた。
三富朽葉(くちば)よ、いまいづこ、
明治時代よ、人力も
今はすたれて瓦斯燈(ガスとう)は
記臆の彼方(かなた)に明滅す。
宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて
汽車の汽笛の音を聞いた。
亡き明治ではあるけれど
豆電球をツトとぼし
秋の夜中に天井を
みれば明治も甦(よみがえ)る。
あゝ甦れ、甦れ、
今宵故人が風貌の
げになつかしいなつかしい。
死んだ明治も甦れ。
宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて
汽車の汽笛の音を聞いた。
【ひとことコラム】三富朽葉は中也が愛読した詩人の一人。明治末から大正にかけてフランス徴詩風の優れた詩を残しましたが、溺れかけた友人を助けようとして二十九歳で世を去りました。遠い汽笛に呼び覚まされた哀惜の情が、人力車など失われた時代の面影をたぐり寄せようとしています。
中原中也記念館館長 中原 豊