今年ももう終わる。猛暑の長い夏、短い秋、重い冬の空。深々と冷えるこんな夜は演歌はいかが。華やかなジングルベルも厳かな第九も素敵だけれど、時には演歌もいかが?
団塊世代の私は、ラジオの浪曲や花菱アチャコの人情ドラマで育ったので、身体の奥にそれ等がうごめいている。演歌、艶歌、怨歌、援歌、縁歌、宴歌。人の心に住まう感情を細やかな日本語で歌いあげる。時には唸り、声を震わせ、ささやくように。
演歌に酔って、久しぶりに夜の街に出た。十年振りに温泉街の裏路地を歩いた。煮汁の染みた美味しい大根のおでん屋Mはもうなかった。その隣のスナックYは、Y子さんの死去で閉じられた。客はカウンターの丸椅子に座り、高齢の客の軍歌に瞑目し、チャンチキおけさに手拍子をした。ハスキーな声のY子さんの、カスバの女は秀悦だった。城壁の町にたたずむ異国の女性に想いを馳せた。
二軒の店は壊され、そこは周囲の明かりの中に黒い塊となって蹲っていた。少し進むと覚えていた大方の店は消え、新しい店ができていた。テンポの速い歌声が聞こえる。
なにか取り返しがつかない所まで来たような思いで、路地の奥に吸い込まれるように歩いて行った。「あなたのブルース」を口ずさみながら。