「卒業したらニューヨークに留学します!」。22歳のマリコが、突然、宣言した。海外渡航がまだ自由化されていない1963年冬のことである。
娘の口からあらぬ言葉を聞いた母はその場にへたり込んだ。
「若い女の子が一人で外国に住むだなんて考えただけで恐ろしい」と反撃するが、半年以上もかけ、必死の思いでブルックリン美術館付属アートスクールの入学許可証と奨学金を獲得。留学生試験も合格して、残るは両親だけ! と意気込む娘には全く通じない。
「お金はどうするの」と必殺技を繰り出すが、「画家になるから結婚しない。だから結婚費用をください」と言い出す始末・・・野獣である。
出発間際、母は娘にブルーのジョーゼットのスリーピースを送ったが、心痛で寝込んだ。娘はそれを着て旅立った。
それから半世紀。結婚し、自らも母となり、いのちを育み、描き続けたマリコが75歳の時、天に召された母を想い描いたものがこの絵である。
穏やかな情愛に溢れた絵だと思う。
※坂井眞理子展(1月26日まで)展示作品より
山口県立美術館 河野 通孝