僕には僕の狂気がある
僕の狂気は蒼ざめて硬くなる
かの馬の静脈などを想はせる
僕にも僕の狂気がある
それは張子(はりこ)のやうに硬いがまた
張子のやうに破けはしない
それは不死身の弾力に充ち
それはひよつとしたなら乾蚫(ほしあはび)であるかも知れない
それを小刀で削つて薄つぺらにして
さて口に入れたつて唾液に反撥(はんぱつ)するかも知れない
唾液には混(まざ)らぬものを
恰かも唾液に混るやうな格構(かっこう)をして
ぐつと嚥み込まなければならないのかも知れない
ぐつと嚥み込んで、扨(さて)それがどんな不協和音を奏でるかは、僕が知る
(一九三五・一・九)
【ひとことコラム】世間と相容れない独自の感覚や思想は、人から「狂気」とさえ受け取られかねないもの。それを保持することで生じる軋轢を、肌や舌などの身体感覚で表現しています。誰もが多少なりとも感じながら何かで紛らわせている感覚を、詩人としての覚悟をもって示した一篇です。
中原中也記念館館長 中原 豊