M市に裕子さんの墨絵の個展を見に行った。定年後の六十歳から始めた墨絵で、十七年目にして初めての個展。会場はデパートの隣。M市は人口約九十万の大都市。めったにない機会だから、我が町にない巨大なデパートをぶらぶらしようと早めに出かけた。
デパートは善男善女で大賑わい。がっしりしたガードマンが起立しているブランド店。ショーケースに光沢のあるピカピカのバックがある。参考の為に(何の参考?)値段を見たいが近寄れない。誰も私を見やしないけれどスカートの皺が気になる。スッピンでこなきゃよかった・・・。
貧困の影なんてここには見えない。見渡すかぎりおしゃれで健康そうな人ばかりだ。食料品の階に行く。米不足なんて嘘? ずらりと並んだ色とりどりの惣菜。魚に肉に寿司に中華に・・・みな食欲をかき立てる良い匂いを放つ。私の住む町の最低賃金は九七九円。ここでは弁当一つ買えない。餡パン二つに牛乳ならかろうじて手に入る。
四階の下着売り場に行く。裕子さんに「お祝いに何がいい?」と訊ねたら、「冷え性だから腹巻」と即答。赤と緑の毛糸の腹巻を選んだ。派手かしら? この腹巻が、冬の裕子さんの身体を温め守ってくれる。
さあ、会場へ。