一本の藁(わら)は畦(あぜ)の枯草の間に挟(ささ)つて
ひねもす陽を浴びぬくもつてゐた
ひねもす空吹く風の余勢に
時偶(ときたま)首上げあたりを見てゐた
私は刈田の堆藁(としやく)に凭(もた)れて
ひねもす空に凧(たこ)を揚げてた
ひねもす糸を操り乍(なが)ら
空吹く風の音を聞いてた
空は青く冷たく青く
玻璃(はり)にも似たる冬景であつた
一本の煙草を点火するにも
沢山の良心を要することだつた
【ひとことコラム】「堆藁」は刈り取った稲を束にして積み上げたもの。「一本の藁」に目をとめ、「ひねもす」(終日)凧を揚げながら空高く吹く風の音を聴く姿は、詩人としての生き方そのものですが、農民の労働の成果である堆藁を背に感じ続けているところに、複雑な心境がうかがえます。
中原中也記念館館長 中原 豊