私はベッドから起き出し、毛糸の帽子を被りスカーフを首にきつめに巻き背を丸めて、キッチンの扉を開ける。冬の早朝のキッチンは、近くの街頭から射しこむ微かな灯りで、薄い青紫色をしている。空気は鋭角に張りつめて手の先が切れるように冷たい。
死者が整列している。冬の朝のキッチンには毎日死者が整列する。「皆さんおはようございます」。背を伸ばし直立し、四十五度に腰を折る。
鍋に水を張り、火にかける。整列が乱れて、幼馴染のミッチャンが、元気そうね、とささやく。掌で豆腐を賽の目に切っていると姉が寄ってきて、もっと丁寧に、と肩をつつく。麦みそを漉す。キッチンに味噌の香が広がり、整列はほどける。味噌汁を味見するのは、しっかり者の同級生の村上さん。ネギを刻み、菜漬けを皿に盛る。もうすでに伯母が炊きあがった釜からご飯をよそい回している。透き通った白い手や、太い手、短いのやら長いのやら乱れに乱れて。
足にまとわりつくのは可愛いタマ。猟犬ロッキーも、行方不明になったタロウもいる。空気が揺れる。
大きく息を吸い込み深呼吸する。橙色の朝陽が射しこみ始める、と死者は急いで整列する。私は深く礼をする。死者は微笑みながら消えて行く。私は味噌汁をすする。