我が家からちょうど二千歩の所にスーパーマーケットがある。買い物に最適の歩数で往復すれば身体が喜ぶ。
二月の末の青空の広がる日、スーパーに出かけた。風もなく春のような陽気に誘われて、いつもと違う道を行った。住宅街を右に曲がり、左に折れると、どこからか甘い香りが漂って来る。なんだろう? 首を回してみたがわからない。濃い紅茶にたっぷりと砂糖を入れた香り。近くの庭で誰かが午後の紅茶を楽しんでいるのだろうか。この家かな? 気をつけて見ると、板塀から枝を出して蝋梅が黄色の可愛い花を咲かせている。ああ、これだ。近寄って胸いっぱいに吸い込んだ。いい匂い。奥には赤や絞り模様の椿も咲いているではないか。でも、枯れた芒(すすき)や背の高い草がはびこり、木々も四方八方に勝手に枝を伸ばし、蔦が絡まっている。空き家かな。表札を見ると、「君原」。
ああ、君原さんのお宅なのか。十年前に公民館の体操教室で運動した仲間だ。当時、八十代後半だったが、逆立ちの得意な元気な人だった。二年前に亡くなられたと聞いた。君原さん丹精の蝋梅が私を呼び止めた。「紅茶でもいかが。体操がんばってる?」。「君原さん、まだ逆立ちなさってますか」青空に凛々しく咲く蝋梅にキッスした。紅茶の香りがした。