おゝチルシスとアマントが
庭に出て来て遊んでる
ほんに今夜は春の宵
なまあつたかい靄(つゆ)もある
月の光に照らされて
庭のベンチの上にゐる
ギタアがそばにはあるけれど
いつかう弾き出しさうもない
芝生のむかふは森でして
とても黒々してゐます
おゝチルシスとアマントが
こそこそ話してゐる間
森の中では死んだ子が
蛍のやうに蹲(しやが)んでる
【ひとことコメント】「その一」に続いて月に照らされた庭が舞台ですが、牧人〈チルシスとアマント〉のふるまいに演劇的な展開はなく、森に遠ざかった〈死んだ子〉は、蛍に喩えられながら光を放つこともありません。時の流れが淀んでしまったような情景に底知れない悲しみがにじんでいます。
中也記念館館長 中原 豊